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日本ではなぜ意見を言わないの?東大卒・NY育ちの「カクシンハン」シェイクスピア俳優インタビュー【前編】

岩崎MARK雄大さんインタビュー前編

日本、カナダ、アメリカで育ち、東京大学を卒業後、「カクシンハン」でシェイクスピア俳優として活躍し、NODA・MAPの新作『フェイクスピア』にも出演した岩崎MARK雄大さん。英語講師も務める多才な岩崎さんに、海外での生活や帰国後のカルチャーショック、大学受験や俳優活動、英語学習について伺いました。

岩崎MARK雄大(イワサキ マーク ユウダイ)

東京大学文学部(英米文学)卒業。NY出身。在学中より俳優として活動するほか、演劇や英語を利用した教育や国際的な社会活動にも意欲的に取り組み、通訳やイングリッシュコーチとしても活躍中。令和2年度神奈川県児童福祉審議会推薦図書『さくらまつ』(銀の鈴社)英訳。NODA・MAP『フェイクスピア』に出演。2021年8月には中心的な役割を担ってきたカクシンハンの『シン・タイタス ‐2038‐』への出演を控える。
https://kakushinhan.org/

「岩崎MARK雄大」と名乗る理由

私は日本人の両親の下に生まれて、氏名は岩崎雄大(ゆうだい)です。いわばミドルネームとしてMARKを加えて芸名にしているのですが、それには理由があります。

5歳のときに父の仕事の関係でカナダのトロントに移り住んだのですが、Yudaiと名乗ると、みんなけげんな顔をしました。街中で親が私の名前を呼ぶと、不思議そうに振り返る人もいました。

そうです、日本語で「雄大な自然のような広い心を」というイメージで付けてくれた名前が、英語ではYou die.(あなたは死ぬ/死ね)という音に聞こえてしまうのです。幼稚園の先生にまでからかわれて・・・。それでは具合が悪いということで、両親と共に新しい名前を考えて、英語圏ではMarkと名乗ることにしました。

出自がわかりやすいようにと、その名前を今も使っていますが、面白いことに、今では英語圏の人が私をYudaiと呼び、日本の人がマークと呼んでいます。その方が珍しくて覚えやすいからでしょうね。

カナダの幼稚園の友達の名前は「だいのり」と「ぱー」?!

5歳でカナダに引っ越したときは、まったく英語がわからないまま、現地の幼稚園に入りました。

通った学校にはほかに日本人がいなくて、ESL(English as a Second Language、英語以外を母語とする人たちのための英語)のコースもまだ設置されていませんでした。

そのため、とにかく耳で聞いて覚えて、1年間で英語を理解して使えるようになりました。その際役立ったのは、テレビの子ども番組です。当時放送されていた「エレファント・ショー(The Elephant Show)」というシットコムのような番組が好きで、よく見ていました。視聴しながら一緒に歌ったりもして。それに、定番の「セサミストリート(Sesame Street)」も。

小さかったので、はっきりとした記憶はないのですが、すぐになじんで仲のよい友達もできました。

親から聞いたそのときのエピソードがあって、私は友達の話をするときに彼らを「だいのり」と「ぱー」と呼んでいたらしいのです。それで親はそういう名前なのかなと思っていたら、後からDaniel(ダニエル)とPaul(ポール)だと判明したのだとか。確かに北米の英語の発音ではそういうふうにも聞こえますよね。私は聞いたままに言っていたのだと思います。

当時は、単語はこれを使うべきで、正しい文法はこうで、といったことを意識することはほとんどなく、耳と口で英語を身に付けていきました。

アメリカの現地校で英文法に厳しい先生に鍛えられる

小学2年生まで、3年間をカナダで過ごして、その後、小学3年生から、また父の転勤で今度はアメリカに住みました。場所は、ニューヨーク州と隣接するニュージャージー州です。そこには6年間いました。

最初はカナダとアメリカの英語の差に驚きました。主に音声面、発音の違いです。でもそれには1カ月で慣れ、現地の子たちと一緒に学校で学んでいました。

日本ではよく、英語圏からの帰国生はぺらぺら英語をしゃべるが英文法に弱い、と言われますが、私は幸運でした。アメリカで通った現地校の6、7年生(日本では中学校に当たります)のときの英語の先生が、とても文法に厳しい人だったのです。街中の看板に書かれている文法が間違っていると頭にくる、というような方でした(笑)。

おかげで、英語の文法に注意を向けるようになり、きちんと文法がわかるようになりました。

帰国後のカルチャーショック!なぜ自分のことを話さないの?

カナダとアメリカで過ごした後、帰国したのは中学2年生の夏でした。そのときのことは人生の分岐点になっています。

日本で感じたのは強烈なカルチャーショックでした。コミュニケーションの仕方が、アメリカとはまったく異なっていたのです。

私がアメリカで住んでいたニューヨークの郊外は、多国籍で多様な住人がいて、比較的治安のよい地域でした。また、社会的地位の高い人たちが多くいました。そのため、互いにバックグラウンドなどの「違い」があるという前提で、「言葉」を使ってやりとりができていました。

それに対して、帰国時に住んだのは千葉県の船橋市で、みんなが生まれたときから同じ場所に住んでいて、地域で知らない人はほとんどいない、という場所です。誰々ちゃんはいついつ引っ越してきた、ということがのちのちずっと言われるような状態でした。

そういう環境ではおのずと、自分たちのことをあえて話すことはしなくなります。自身の本質的なことを話すのではなく、空気を読んで、その場その場の話題で盛り上がる、会話はすべてそんな具合でした。でも私は空気が読めませんでした。知らない人ばかりなので。

それで最初はとても戸惑いました。周囲も困っていたと思います。なんでこいつはこんなに自分のことばっかり話すんだ、と思われていたかもしれません。コミュニケーションがちゃんと成り立っていなかったのです。

それでも、学校ではサッカー部に入ったり、バンドを組んで楽器を弾いたりして、友達ができ、楽しく過ごしました。ただ、あの子がああいうふうに言っていたよ、とか、友達の気持ちを直接ではなくうわさで聞くのには、どうしても違和感がありました。

そうした慣習にはもしかしたら日本の美意識が関係しているかもしれませんが、当時はそんなことには思い至らず、どうして意見を言わないのだろうと思っていました。アメリカでは、悪口でもなんでも本人に直接言う、というコミュニケーションのスタイルでしたから。

その頃の友人と互いに考えなどを話せるようになったのは、高校や大学に入った後や、就職してからです。

アメリカの大学進学を目指した後、東大に入学

高校は、千葉県の渋谷教育学園幕張高校に帰国子女枠で入学しました。英語専門クラスがあり、アメリカの学校と同じようなリーディングの授業が受けられる点に引かれたためです。

大学はアメリカの学校を目指し、中でもアイビーリーグに絞って出願をしました。向こうの大学では入学試験を受けるのではなく、書類を提出して、それで合否が判定されます。日本での就活に近いかもしれません。素晴らしい成績や目覚ましい活動などの経歴とエッセイ(志望理由書)が要求され、4校に出願して、1校から補欠合格をもらったものの、欠員が出ず結局入学はできませんでした。

そのため、高校卒業後の夏から日本の大学を目指し、日本であれば東京大学をということで勉強に励み、合格することができました。東大を選んだのは、集まってくる人たちが面白そうと思ったのと、アメリカの大学のように2年間は教養学部で学べるのが魅力的だったからです。それには、演劇への興味も関係していました。

日常よりも濃い舞台の世界

舞台との出合いは、親が演劇好きだったのがきっかけです。アメリカに住んでいた頃はニューヨークのブロードウェイに観劇しに行き、小学生のときに見たミュージカルの『レ・ミゼラブル』の全セリフを一人で完コピしたのを覚えています。

決定的だった瞬間は、ミュージカルの『サンセット大通り』のある場面(第1幕の終わり)を見たときでした。1990年代のことで、主演のグレン・クローズが素晴らしかった。大きな衝撃を受けて、舞台は日常よりも密度の高い場なのではないかと思い、俳優になりたいと考えました。

日本の高校では演劇部に入り、そこで先輩方に刺激を受けて、東京の劇場などへ演劇を見に行っていました。その流れで、演劇を続けたいという気持ちがあり、その点からも東大に行きたいと思ったのです。

シェイクスピア俳優への道を促してくれた2人の先生

シェイクスピアの面白さに目覚めたのは、東大の教養学部で河合祥一郎先生の講義を受けたときです。渋谷のBunkamuraシアターコクーンで上演された、蜷川幸雄さん演出、藤原竜也さん主演の『ハムレット』の初演を3時間半くらい立ち見したりしました。

大学の1、2年生では国際問題を研究する自主ゼミ(正規のゼミとは別に開かれていました)に入り、毎週数冊の本を読んで発表して討論するというなかなかハードなことをしていました。大きなテーマは、グローバリズムの中でリアリスト的な考えを追求するというものです。

そのゼミでは夏合宿が行われていて、そこで自分の将来設計を発表するという課題が出ました。私は、先輩には反対されましたが、複数のキャリアを選択肢として設定したレジュメを用意して発表しました。そして、その中に「俳優」も入れていたのです。

すると発表後、ゼミの高山博先生が、「君は俳優をやりたいんだろう」とおっしゃったのです。「発表での話し方を聞いていたらわかる。国際問題を探究するのも大事だが、一流を目指すには一つを選ばなくてはならない。それなら、やりたい道に進むのがいい」と。

そのときから、学外のオーディションを受けに行ったりし始め、出演者全員をオーディションで決定するという、演出家の菅尾友さんの作品で、20歳のときに『ハムレット』の主役を演じる機会を得ました。また、在学中に、日本の芸能を学ぶことができる演劇倶楽部「座」の研修所にも通いました。

シェイクスピアの本質を見せる劇団「カクシンハン」作品に出演

今も俳優として参加している「カクシンハン」を主宰する演出家・作家の⽊村⿓之介のことは、同じ大学ということもあり、学生時代から知っていました。

カクシンハンはシェイクスピア演劇を上演する劇団として始まり、私は2014年に『夏の夜の夢』と『仁義なきタイタス・アンドロニカス』を見ました。それが面白くて、その後に上演された『ハムレット』から参加するようになりました。

カクシンハンの好きなところ、共感しているところは、シェイクスピアの普遍性、スケール感を、現代人の感覚を持って広く届けようとしている演出、作品づくりです。

シェイクスピア戯曲には人間の本質が表れています。時代や人種や性別などが違っても、人間にはそれらを超えて共通する部分があることを認識させてくれるのです。500年を経て、例えばテクノロジーが違っても、人間の本質は変わりません。

そうした部分に私が着目するのは、複数の場所に暮らして、日本を外から見る経験をしていることとも大いに関係があるのでしょう。いったん外に出てから戻ってくると、自分が属する社会が特殊に見えてきます。「常識」はコミュニティーと結び付いているもので、「正しい/正しくない」「よい/悪い」「かっこいい/かっこ悪い」といった価値観さえも相対的なものなのです。

▼インタビュー後編はこちら

ej.alc.co.jp

岩崎MARK雄大さん出演情報

カクシンハン・プロデュース ダブル・シェイクスピア公演 第15回公演

『シン・タイタス ‐2038‐』

公演期間:2021年8月23日(月)~8月29日(日)

会場:CBGKシブゲキ!!(東京・渋谷)

▼公演チケットのご購入はこちら

www.confetti-web.com

『フェイクスピア』WOWOWで放送予定!(放送日未定)

収録日:2021年6月12日(土)

収録場所:東京芸術劇場プレイハウス

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取材・文:ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部

ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部

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