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日本でいまだに「クリティカルシンキング」が根付かない理由

米大神経科学者の自由になる英語思考法

英会話力「ほぼゼロ」の状態から、英語を独自に猛勉強して単身渡米し、米名門大学院で神経科学の博士号を取得した、さかいとしゆきさん。自身の経験を基に、アメリカと日本の教育の違いや、英語を使って世界を広げるための方法を紹介します。第1回のテーマは「クリティカルシンキング」(批判的思考)です。

クリティカルシンキングとの出合い

私はアメリカに来るまで、クリティカルシンキングの意味がよくわかっていませんでした。

しかし、アメリカの大学に通うやいなやクリティカルシンキングの練習を徹底的にやらされることになりました。新入生のときにクリティカルシンキングを学ぶためのクラスを複数取り、1年ほどかけてクリティカルシンキングの基礎をみっちりとたたき込んでもらいました。

いったんコツをつかむと、分野にかかわらずさまざまな場面で批判的に考えることが習慣になっていきました。クリティカルシンキングがどうしてアメリカの大学教育を支える「柱」の一つとみなされるほど重要なのかが、時間がたつにつれてようやく理解できるようになりました。

世界有数の米大を卒業した友人は、「大学で学んだいちばん大切なことは間違いなくクリティカルシンキングだ」と口癖のように言います。そして私もそれに強く同意します。

クリティカルシンキングの本当の目的

クリティカルシンキングを使うには、まず思考から自分の立場を外すことが必要です。

思考からバイアスを可能な限り取り除いた状態で、できるだけ多くの事実や証拠を吟味し、最終的に最も論理的な結論を導きます。

これは、まず自分の立場や利益ありきで都合のいい事実だけを選んで議論を組み立てる「サブジェクティブシンキング」(主観的思考)とは思考の順序もプロセスも根本的に違います。

クリティカルシンキングの最大の目的は真実の追求、そして現段階で最も論理的な結論を導くことです。

もちろんクリティカルシンキングは1人で行うことも可能ですが、グループでの建設的議論を通すことで思考をより速く深めることが可能になります。実際、大学の授業でもクリティカルシンキングはしばしば建設的議論とセットで教えられます。

多様性はクリティカルシンキングをより効果的にする

クリティカルシンキングを使った建設的議論をより実りのあるものにする要素の一つに、多様性のあるグループ構成があります。

育ってきた環境、受けてきた教育、そうしたバックグラウンドが異なれば異なるほど、よりユニークな視点や知識をグループディスカッションに提供することができます

結果、より多くのアングルから問題を分析した上で最適の解決法を見つけるというダイナミックな議論プロセスが可能になります。結果、単一的な視点に基づいた思考よりも新しいアイデアが生まれる可能性が高くなります

そういう意味で、類いまれな多様さを持つアメリカの社会構成は大きなアドバンテージになります。大学や企業ではさまざまなバックグラウンドを持ったメンバーが日常的に議論するのはごく自然なことです。常にいろいろな視点から物事を吟味し分析することで、よりよい解決法を見つけることができます。

クリティカルシンキングに最適の環境とは

クリティカルシンキングによる議論をより実りのあるものにするには、その障壁を取り除く作業が必要です。

スムーズに進めるために、グループ内の上下関係をできるだけなくし、メンバー間の壁を可能な限り低くすることが大切なのです

たとえ上司と部下、教授と学生という関係であっても、分け隔てなく正直に意見を言い合える空間が、自由な議論には極めて重要になります。意見交換が地位に関係なくスムーズに行われることは、活発でクリエイティブな議論につながります。

しかし、グループ内の上下関係をなくすことは容易なことでは決してありません。特に上下関係が普段からはっきりしている縦社会では、上司と部下が分け隔てなく対等に議論することは至難の業(わざ)かもしれません。

その上、日本のように年下から年上のみという一方的な敬語のある文化では、メンバー同士が同じ言葉を使えないという不均衡な関係が残ってしまいます

いくら議論から自分の立場を外すのが大事といっても、上下関係を無視するのは難しく、立場の弱い人は委縮してなかなか意見が言えなくなり、建設的議論の進行を妨げてしまう可能性があります。

その上、空気を読むことが強く求められる社会では、自由に意見を言うことをためらってしまい、活発でクリエイティブな議論が成り立ちにくいという状況が生まれてしまいます。言語は文化とセットになっているため、日本語を使ったまま上下関係を克服するのは非常に困難でしょう。

しかし英語を使って議論すれば、よりステータス・フリーの環境を実現することが可能になります。

英語には日本語のような極端な敬語がないため、自動的にメンバー間の壁を低くすることができます。アメリカで生活していると、「目上の人」という意識を持つことが日本よりずっと少ないことがわかります。

どんなに上の立場の人でもほぼ同じ言葉を使いますし、立場が上の人もできるだけ相手を委縮させないよう意識して話してくれることが多いです。そういう意味では、立場によって上下関係を意識し過ぎないアメリカ特有の文化は建設的議論に最適と言えます。

実際、アメリカの大学の研究所内で、学生であっても教授と分け隔てなく議論しているのを見るのは珍しいことではありません。教授の大半も、自由で批判的な議論をすることがグループにとって最適な結果につながることを知っています。

これから国際社会でクリティカルシンキングのスキルはますます重要になっていくと思います。海外で教育を受けてきた外国人とも対等に議論できるように、日本でもできるだけ早い時期にクリティカルシンキングを教育に導入することが非常に重要になっていくと予想されます。

教育にクリティカルシンキングを導入するには、まず自由な議論の障壁となりうる要素を意識して取り除くことが必要になります。そうすることによって、よりクリエイティブで革新的な議論を実現することが可能になります。

さかいとしゆき神経科学者(Ph.D.)。英会話力ほぼゼロから一念発起して英語を勉強し直し渡米。カリフォルニア大学バークレー校を卒業後アメリカの大学院で神経科学の博士号を取る。日米両方で学んだ経験から教育、社会などさまざまなテーマを独自の視点から考察。
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