世界で活躍するゴスペルシンガー、ボイストレーナーのNOBU(のぶ)さんが教える、英語の発音と発声のトレーニング法の連載です。甘くて力強い歌声を聞きながら、英語の発音を磨いていきましょう。最終回の第4回は、ゴスペルと英語学習に共通する、「リラクゼーション」と「コンセントレーション」について紹介します。
こんにちは。NOBUです。今回は、コンサートの際に気を付けている「リラクゼーション(relaxation)」と「コンセントレーション(concentration)」について、英語学習に共通する3つの大事なことをご紹介します。
「ひと言」で言うと?
食べ放題のビュッフェに行くと、サラダからデザートまで、どうしても欲張ってお皿をてんこ盛りにしてしまいます。そしてパンパンになったおなかを見て後悔しながら、「いったい何を食べたっけ?」と、食べた内容が一つも印象に残らない経験をしたことがあります。
コンサートも、同じことが言えます。お客さまがせっかく来られるのだから、あれもこれもと伝えたくなり、まるでビュッフェのように内容を詰め込んでしまう。その結果、コンサートが終わった後、お客さまには「これ」という印象が心に残らない。これでは、せっかく練習し、準備してきたのに元も子もありません。
本番の構成を考えるときにいつも気を付けているのが、 ひと言で言うと、「このコンサートで何を伝えたいのか」にconcentrate(集中する)ということ です。
例えば、このように質問されたとします。
「このコンサートで何を伝えたいの?」
それに対して、
「このコンサートでは、○○という曲を通じ、神さまの大きな愛について伝えたい」と1文でまとめて言えるようにすることです。
この1文を作ることにより、 なんのためにコンサートをするのか、なんの曲を歌うのかが明確になり、雑念に惑わされることなく集中できます 。
アップテンポでノリノリだから、カッコいいフレーズだからという理由でコンサートをするのなら、お客さまにも「ノリノリだったよ」「カッコいいフレーズだったよ」という表面的・技術的な面しか伝わりません。
第1回 の記事で紹介したように、ゴスペルとは「聖書のよい知らせ」という意味です。お客さまに歌詞や言葉が伝わらないと、ゴスペルコンサートとは言えません。ですから、どんな内容を伝えたいのか、そこに集中します。
同時に、構成は熟慮しなければなりません。メインディッシュ=ステーキを伝えたいからといって、前菜からデザートまで、ステーキを出し続けてしまうのも、受け手の胃袋には重過ぎてステーキのよさが伝わりません。(食べ物ネタばかりですみません・・・) どのタイミングで、伝えたい内容を出すのか、当日を想定しながら考えていきます 。
会話をするときや、誰かを説得するとき、会議でプレゼンするときには、伝えたいメッセージを、事前にひと言で集約してみるという作業 によく似ていますね。プレゼン成功の秘訣(ひけつ)です。
100人より1人の人に
ゴスペルは神さまへの音楽なので、当然ながら神さまへ向けて歌っています。しかし同時に、ゴスペルコンサートでは、誰に伝えるのかということも大切にしています。
そこで事前に、コンサート当日に来られるお客さまの年齢層、男女比など、わかる範囲で主催者に聞くようにしています。
しかし、そのすべてのお客さまに、同時に伝えようとするわけではありません。「100人のお客さま」ではなく、 「1人のお客さま」に向けて歌うように心掛けています 。それは、1人に向かって歌うことで、 逆に、その場のすべてのお客さまに届くから なのです。
余談ですが、「レコーディング」と聞いてどのような様子をイメージするでしょうか。おそらく狭い部屋で、ヘッドフォンをして、マイクに向かって歌っている様子ではないでしょうか。
ヘッドフォンに手を当てリズムに合わせて体を動かし、気持ちよさそうに歌っているようにイメージするかもしれません。ところが実際は、普段とは違う環境ですので、緊張感でストレスを感じることが多いのです。
例えば、ヘッドフォンをすることで、自分の声の聞こえ方がいつもと違う。密室で防音が施されているため、閉塞感がある。好きに歌い始めてよいわけではなく、エンジニアさんが「はい、ではお願いしまーす」と言ったタイミングで歌い出さなければならない。音程を外したらどうしよう、歌詞を間違えたらどうしよう、途中で声が枯れたらどうしよう、といった不安定な状態になるためです。
このようなレコーディングの環境で、自分をリラックスさせるためのとっておきの方法があります。それは、「1人の人に歌う」ということです。
もちろんそこは、いつもと違う、声の響かない小さな部屋です。でも目の前には、この歌詞を伝えたい「○○さん」がいます(と想像します)。そうすると、さまざまな邪念がなくなり、肩の力が抜けてふっと楽になります。
コンサート本番でも同じことが言えます。多くの誰かではなく、具体的な1人の誰かに歌おうとすることで、結果的に多くの人にも共感できる歌が届けられると信じています。
あなたも、大勢の人たちの前で何かを発表したり伝えなければならない状況のときに緊張してしまったら、誰でもよいので1人選んで、その人に向かって話してみてください。きっと伝わっている手応えを感じられると思います。
直前のウオームアップ
歌うことも、英語を話すことも、どちらも声を使うことです。そこで、スピーチやプレゼンテーションの本番直前には次のようなウオームアップをおすすめします。
操り人形の姿勢作り
仕事でパソコン作業 が多い方は特に、肩が内に入った姿勢になり、猫背になってしまいます。猫背のままだと胸郭がしっかり開いていないため、息がたっぷり入りません。そこで、以下の流れで、リラックスした正しい姿勢を作りましょう。
その場でうずくまって頭を膝にくっ付けるようにする。
1の状態でゆっくりと呼吸をしてリラックスする。
自分が操り人形になったつもりで、首の付け根からだんだんと上に引っ張られていくように体を起こしていく。
最後に頭も正面に向いてきたら、体の上に頭がポンと乗るようなイメージで姿勢を真っすぐにする。(このとき、背筋を伸ばそうとし過ぎると、力が入ってしまいます。操り人形のように体は楽に起き上がっていきましょう)
ロングブレス
緊張すると、息が深く吸えなくなり、声帯に負荷がかかり声がれしやすくなります。そこで本番前に、腹式呼吸を使ったロングブレスをしておくことで、体に深く息を吸うことを覚えさせておきましょう。
次の動作を10セットしましょう!
操り人形の立った姿勢で、片鼻を指で押さえる。
※片鼻で息を吸うことで、息が入っている感覚をつかみやすくなります。鼻からゆっくり息を吸う。
※このとき、おなか周りが膨らむことを意識しましょう。口から息を「シュー」と音を立てて長く吐く。
吐き切ったら2に戻って鼻から息を吸う。
慣れてきたら、鼻から速く吸うようにしてみてください。歌っているときや話しているときは、ゆっくりと息を吸うことができません。体で腹式呼吸を覚えさせた後は、より本番に近く、さっと吸うようにして2→3→4を繰り返しましょう。
Lip Trill(リップトリル)
その名のとおり、「Lip=唇+Trill=震わせて発音」ということから、唇をブルブルと音を立てて声を出す方法です。このリップトリル、何がよいかと言うと、発声する際に声帯まわりに負荷がかからないため、「がなり声」や「力んだ声」にならずに声を響かせることができるのです。
緊張すると「声が出なくなる」または「声に力が入り過ぎる」のどちらかになりがちです。いきなり本番で発声する前に、リップトリルで声を出しやすくしておくと、相手が聞きやすい声作りの助けになります。
操り人形の姿勢と、ロングブレスを使うことを心掛ける。
リップトリルで、パトカーのサイレンの物まねをしてみる。
※高い音から低い音に下がる、またはその逆。リップトリルで実際に本番に歌う曲や話す内容を発声してみる。
※このとき、できるだけ音の高低差を出すことで、声帯のウオームアップや、表現を豊かにする助けになります。
最後に
本番10分前になると、控室で必ずしていることがあります。それは「お祈り」です。
コンサートの成功はもちろんですが、来てくださるお客さま、準備してくださったスタッフの方々、また自分が1つの器としてHUMBLE(謙遜)の精神で出演できるように。そして何より、ゴスペルの歌詞が一人ひとりの心に残りますようにと。
In de Lord, in de Lord,※deは、theのアフリカ系の人たちの発音を表記したものです。My soul’s been anchored in de Lord. (African-American spirituals)
主にあって、主にあって、
わが魂よ、錨(いかり)をおろせ。(黒人霊歌より)
これまで4回にわたって記事をお読みいただきありがとうございます。英語を学ぶ読者の皆さまにとって、定食に付いてくる小鉢のように、箸休めとしてお役に立てたのなら幸いです。
NOBUさんのアルバム
青山学院大学が主催するゴスペルワークショップで、講師を担当するNOBUさん。
編集:増尾美恵子