コロナ禍における遠隔同時通訳の難しさ【通訳の現場から】

通訳の現場から vol. 36

イラスト:Alessandro Bioletti

プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2020年7月号に掲載した記事を再編集したものです。

遠隔通訳を強いられて

 この原稿を書いているのは4月末なのですが、新型コロナウイルスの影響で私を含む多くの通訳者が自宅勤務を余儀なくされています。国際会議などは軒並みキャンセルになったのですが、経済全体が完全にストップしたわけではなく、多国籍企業などでは海外拠点とのやりとりが必要になるので、通訳者も遠隔で参加して仕事をしています。案件数は大幅減なので収入的には痛いのですが、今は誰もが苦しい思いをしているので仕方ありません。空いた時間を有効に使って新しいことを学んだり、後輩通訳者に技術を教えたりしています。

約1年前に本誌でRSI(remote simultaneous interpreting、遠隔同時通訳)サービスの台頭について書き、その時は「まだいろいろ課題があるので私は様子見です」と結んだ記憶があるのですが、今は遠隔でしか仕事ができないので、この1カ月でずいぶん勉強しました。スイスのInterprefy、アメリカのKUDO、リトアニアのInteractio、日本のinterpreteXなど、RSI ソリューションは戦国時代の様相。これに加えて、ビデオ会議システムで世界的な注目を集めているZoomも同時通訳機能を実装したので、通訳者はとにかく毎日が学びです。

いつ使うことになるかわからないので、各ソリューションの特徴などを学び、実際に使って慣れるようにしてはいるのですが、ふたを開けてみると今のところはRSIよりRC(I remote consecutive interpreting、遠隔逐次通訳)の案件が多く、これはほかの同業者も同じようです。RSI ソリューション自体まだ成熟しきっていない部分があるのですが、使う側もRSIとそれを支える技術に関する知識が豊富ではないので、十分に理解できていないものに対してまだコミットしたくない。とりあえずはマイクロソフトのTeams など使い慣れたいつものソリューションで、時間がかかってもいいので逐次通訳でやろう、という姿勢の企業が多いようです。

遠隔通訳はここが大変!

集中的にRCI を行うようになって気付いたのは、顔が見えないだけで余計に神経を使い、疲労度が増すこと。企業によっては、Zoomなどのビデオ会議で顔出しをすると回線に負荷がかかってしまうため、基本的にはカメラをオフにすることを推奨しています。ただ通訳者としては、話者の顔が見えないと表情やジェスチャーなど、いつもは自然に拾っている非言語情報が得られないため、通常より反応が鈍くなりますし、ストレスもたまります。コミュニケーションで伝わることを全部で100%だとすると、表情、身ぶり手ぶり、姿勢などのボディーランゲージは約55%を占めると結論付けた研究もあるほどです。

顔が見えないと、話者がスライドのどの部分を見ているの顔が見えないと、話者がスライドのどの部分を見ているのかもわかりませんし、センテンスが終わるタイミングも読みにくい。ささいなことのように思えるかもしれませんが、効率的・効果的な通訳をするためには文脈から先を読むことが欠かせず、その場にいれば話者の視線や身体の向きから容易に予想できることが遠隔ではできないので質は下がります。センテンスが終わるタイミングをうまく予測できないと、テンポよく訳出できないので、余計なエネルギーを使ってしまいます。その場にいれば軽く目を合わせたり、うなずいたりしてバトンタッチできるのですが・・・。

さてRSI ですが、メジャーなRSI ソリューションはまだコストが高めなので、比較的安価なZoomの同時通訳機能を使い始めている企業が増えています。ただ、この機能はおそらくプロ同時通訳者の助言を十分に受けていないためか、同時通訳に必要な要素をすべては備えていません(引き続き開発中なので、今後に期待はしていますが)。例えば同時通訳は通常2人か3人で組んで行うものなのですが、Zoomの同通機能では通訳者がお互いの訳を同じ回線では聞けないため、パートナーとの交代のタイミングがスムーズにいきません。そして通訳者はパートナーが使う訳語や表現に合わせて自分の訳を調整していくものなのですが、お互いの訳が聞けなければそれもできない。この問題を現在どう解決しているかというと、会議で使うZoom回線とは別に、スマホのLINE 電話などもう一つの回線をつないで、ほかの通訳者の声を聞いているのです。もうハイテクなんだかローテクなんだかわかりません。

楽な面もあるけど、やっぱり・・・

遠隔案件が増えるようになって、服装も意識して変えるようにしています。カメラオフの会議でも、冒頭だけは顔を出してあいさつをすることがあるので、私もベッドから起きてそのままの姿で通訳というわけにはいきません(それができたらやるかも……)。現場に出向く案件であれば何も考えずにスーツを着ていれば問題ないのですが、遠隔では誰もスーツを着ていないので、一人だけ着ていたら浮いてしまいます。かといって、Tシャツだけではラフ過ぎるのでダメな気が。ネットでいろいろ検索して、今は見た目と着心地を両立できるシンプルなシャツとユニクロのコンフォートジャケットに落ち着
いています。見た目といえば、Zoomでは背景を自由に設定できるのですが、ある通訳者は仕事の前の晩にZoom飲み会に参加して、そこで使っていた歌舞伎町風の仮想背景を解除せずに翌日の取締役会に参加してしまったのだとか。考えるだけでも背中がゾッとしますね!

もう一つ変わったことといえば、機材です。コロナ前はあまり遠隔案件を受けていなかったので、マイク内蔵のウェブカメラで対応していたのですが、案件数が増えると音質を意識するようになり、プロのポッドキャスターが使うような高性能マイクを買いました。どさくさに紛れてポッドキャストを始めようか、と色気づいている今日この頃です。

ニラやニンニクが食べ放題、上半身さえしっかりしていれば下半身はパジャマでも(バレなければ)OKなどという利点?はあるものの、ずっと自宅にこもって仕事をするのは性に合わないので、できるだけ早く収束に向かってほしいものです。それに人は他者との触れ合い・つながりを求める生き物。ビデオ会議技術がどれだけ発展しても、金曜夜に居酒屋に繰り出して、飲みながらバカ話をしたい。週末は公園で運動したり、映画館に行ったりしたい。それはビジネスの世界でも同じ。遠隔ソリューションがどれだけ優れていても、人間のぬくもりを代替することはできないので、遅かれ早かれ多くの会議通訳者がまた現場に顔を出すようになると思います。

自粛中は国内外の通訳者と交流する機会が増えたのですが、多くの通訳者は収入減に嘆いてはいるものの、「今はとにかく、できることをやろう」と前向きに考えている人が多い印象です。読者の皆さんも、前向きにいきましょう!

関根マイクさんの本
同時通訳者のここだけの話

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  • 作者:関根 マイク
  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2019/02/18
  • メディア: 単行本
 
通訳というおしごと

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関根マイク

関根マイクフリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。FIFA(国際サッカー連盟)公式通訳者。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」http://blogger.mikesekine.com/