コロナ禍で増えた「オンライン通訳」の実態とは?演劇界の大物に「カマ」して「マテ」した話

舞台芸術翻訳・通訳の世界

フランス語・イタリア語と日本語の翻訳家・通訳者である平野暁人さんの連載「舞台芸術翻訳・通訳の世界」。ご専門の舞台芸術通訳の仕事や趣味とする短歌など、多角的な視点から翻訳・通訳、言葉、社会についての考察をお届けします。今回は、新型コロナウイルス感染拡大後に増えたオンライン通訳の特徴や「怖いけど笑える」実態です。

一時は「通訳廃業」を考えた

EJOをお読みのみなさん、こんにちは。翻訳家で通訳者の平野暁人と申します。

気づけば今年も残すところあと3カ月を切りましたが、SNSを眺めていると「今年前半の記憶がない」「ワープしてる!」「空白の半年・・・」といった声が目につきます。新型コロナウイルスの流行に伴い全世界規模で時空が歪(ゆが)み、日常がフィクションを超えてしまった感すらありますから無理もありません。

私が主戦場としている舞台芸術の世界にも未曽有の激震が走りました。なにしろ舞台というのはいわば好き好んで三密になりに行く場所。日本中、いえ世界中で三密回避の大号令が轟(とどろ)き、数えきれないほどの公演が中止になると、演者、技術者、マネジメントスタッフをはじめ舞台の運営に関わる夥(おびただ)しい数の人々が収入を断たれて届かない悲鳴を上げました。私自身も3月の時点で7月までのスケジュールがいったん完全に白紙となり、一時は真剣に廃業を考えたほどです。

ただ、舞台人も「生」にこだわって手をこまねていたわけではありません。それどころか、他業種に負けじと創意工夫を凝らした配信作品を次々と世に送り出し、百花繚乱(りょうらん)のオンライン公演時代をつくりだしてみせました。そしてその流れは存外早く、日仏舞台通訳という超ニッチな立ち位置の私にまで及ぶことになります。

そう、今回のテーマはほかでもない「オンライン通訳」です!

「くものうえ」で対談する

私が最初に経験することになったオンライン通訳は「くものうえ⇅せかい演劇祭」で催されたオンライン対談企画でした。「くものうえ⇅せかい演劇祭」とは、SPAC(静岡県舞台芸術センター)が今年の4月から5月にかけて開催したオンライン演劇祭のことです。

SPACでは毎年春に「ふじのくに⇄世界演劇祭」という日本最大の国際演劇祭を催し、世界中から選(え)りすぐりの作品を招聘(しょうへい)してきたのですが、さすがに今年は政府が入国制限に踏み切ったこともあり中止を余儀なくされました。このことは、演劇界はもちろん、ワジディ・ムアワッド氏(フランス国立コリーヌ劇場芸術監督)ならびにオリヴィエ・ピィ氏(アヴィニョン演劇祭ディレクター)の通訳という大役を任されていた私個人にとっても、あらゆる意味でたいへんな痛手でした。

ただ、実は中止決定の連絡を受けた際、SPACさんからは「これで終わりだと思わないでほしい。なにかの形で必ず一緒に仕事をしましょう」との力強いお言葉を頂いていました。まあ敵は疫禍ですし人間の思いどおりになるはずもないので気持ちだけありがたく受け取っていたのですが、なんと程なくしてオンライン演劇祭を立ち上げ、先述の両氏とSPAC芸術総監督である宮城聰さんとのZoom対談企画のオファーが舞い込んだのです。あれほどわずかな期間に、業界中が混乱を極めている中で、SPACさんは私との約束を見事に果たしてくださったのでした。関係者のみなさんが費やした情熱と労力はいかばかりだったろうと、ひたすら頭が下がります。

そして、そんな感動的なオファーを頂いた私は心の底からまっすぐこう思いました。

「な に そ れ 超 や だ」

いや、冗談じゃなくて。

知らない人の通訳なんてできない!?

せっかくSPACさんがその時点で望み得る最善の舞台を用意してくださったというのに、真っ白なスケジュール帳を抱えたフリーの通訳がなぜそんな恩知らずなことを言うのか、意味がわからないと思われるかもしれません。しかしこれには理由があります。

それは私が、知らない人の通訳ができない通訳だからです。

あっ。

いま、余計に意味がわからないと思いましたか?知らない人の通訳ができなかったらいつまで経(た)っても顧客が増えないだろうとか、通訳なんてむしろ「毎日がはじめまして」な稼業だろうとか、事前に資料をもらって予習してから本番に挑むんだから問題ないはずだろうとか、至極まっとうな疑問ばかりが脳裏を駆け巡りましたね?

はー。やれやれ。これだからちゃんとした大人は困るんだ。

確かに、通訳者ほど日々多くの人と出会い、仕事を共にする業種は珍しいかもしれませんし、相手が初対面だろうがお得意様だろうが事前に関係資料をありったけ取り寄せ入念に予習したうえで業務に臨むのがプロの通訳というものでしょう。たぶん(ごめん実はよく知らない)。

しかし、それはあくまでも普通の通訳さんのやり方です。そういう人たちとこの私を一緒にしないでいただきたい。はっきり言って迷惑です。

あのね、平野のフランス語は本来なら通訳が務まるほどうまくないですから!!!

これは決して謙遜でも嫌味(いやみ)でも人気取りでもなく、現実問題、私は然(しか)るべき機関で通訳を学んだ経験がありませんし、それどころか入門書すら読んだこともなく、フランスで暮らした経験も最長で9カ月ほど。大学院生のバイトとして1回きりのつもりで始めて、そのままなんとなくずるずると、すべて我流で続けてきてしまっただけなのです。

だから、そういう野良の語学屋と訓練を積んだ正統的な通訳さんを一緒にしないでほしい!迷惑っていうか失礼だから!あちらに!!

通訳するなら仲良くなろう

さてそれでは、知らない人の通訳ができないモグリの通訳ぴらの氏が一人前に仕事をするにはいったいどうすればいいのでしょうか。

答えは簡単。相手と仲良くなってしまえばよいのです。

実はですね、そもそも舞台芸術の通訳というのは、完全に初対面の人の通訳を数時間だけ務めて解散、という案件自体が稀(まれ)。たとえフェスティバルでたった2回しか公演しないような場合であっても、来日、仕込み、本番、離日で合計1週間、超弾丸日程でも最短3日くらいはアーティストと行動を共にするのが一般的です*1

加えて、舞台の通訳は往々にして相手と全人格的に関わるもの。まず挨拶(あいさつ)してファーストネームを教え合い、愛称があればそれも覚えます。広い劇場で外国人同士が絶えず声をかけ合いながら作業をするわけですから呼びやすいのがいちばんですし、その方が親しみも湧くというもの。休憩や食事のあいだも、今までどんな仕事をしてきたか、仲の良い演出家や俳優は、など雑談を重ねます。なにしろ狭い業界ですから、ちょっと話しただけで共通の友人知人に辿(たど)り着いたり、同じ時期に同じ国際演劇祭に参加していたのがわかって盛り上がったり、なんてことも珍しくありません。

そうして長い時間を共有しながらすこしずつ互いを知り合い、文脈を把握し、だんだんと呼吸を合わせてゆく過程があって初めて、登壇してのトークや取材、インタビューなど公開の場でも、深い理解に基づいたわかりやすい通訳を行うことが、私のようなレベルの人間にも可能になるわけです。

それに、相手と仲良くなっておけないとすごく困ることがあります。

それは、通訳している最中に、メインスピーカーに向かって気軽に「えっ?」「なにそれ」「知らん」「わからん」が言えないことです。別に仲良くなくても聞き返せば答えてくれる人がほとんどだとは思いますが、とはいえ通訳している身で「わからない」と言うのは(いくら私のような野良でも)多少の勇気が要るもの。逆に、「いつでも気軽に聞き返せば快く応じてくれる」という安心感があるとリラックスして聞けるので集中力も理解力も高まり、自ずとパフォーマンスが向上します。

先日、セゾン文化財団さんのトークイベントでマキシム・キュルヴェルスという若手アーティストの通訳をしたときなど、ただでさえオタク特有のうわずり気味な早口なのにそのうえ話したいことがあり過ぎて異様なテンションでまくしたてやがるので思わずイラッとして、

「ちょ・・・わかんねーから!つーか速過ぎんだよ!!」

と暴言を吐いたところ(最初は日本語で言ったうえにマイクもONだったので聴衆のみなさんにも丸聞こえだったけどたいへんウケたのでよしとする)、

「えっあっごめん!落ち着いて言い直すね!」

と謝ってくれました。ええ子やマキシム。それでこそ1年以上前から「通訳はなんでも訳せる機械じゃないし、トークイベントは共同作業だからね。自分勝手にしゃべっちゃダメなんだよ」と言い聞かせてきた甲斐(かい)があったというものじゃわい。その調子で通訳さんに対する身の処し方を磨いていけばゆくゆくは国際的に愛されるアーティストになれるぞよ!頑張るがよい!(調子に乗ってすっかり上から物を言い始める野良通訳のぴらのですどうぞよろしく

まあ暴言を吐くのは控えめにした方がいいとして(だがしかしやめる気はない)、そういうわけで相手と仲良くなってリラックスした関係性を構築することができなければ、ただでさえわけのわからな・・・独自の詩情溢(あふ)れる言語体を操る人たちの通訳が私レベルのフランス語話者に務まるはずがないのです。

でもさ!

オンラインの単発企画じゃどうやっても仲良くなれないじゃん!!

だから無理じゃん!!!

だがしかし、せっかくのSPACさんからのご厚意を無下にするわけにもいきません。それに、いつ終わるとも知れないウイルス禍の只(ただ)中にあってオンライン化が加速の一途を辿るのは火を見るより明らか。今回逃げるということは、ひいては「この先もオンラインの仕事は請けません」「新時代の働き方に対応する気はありません」という意思表示として受け取られる覚悟も必要になってきます。

なにより、本来なら日本で豊かな時間を共有するはずだったワジディさんとピィさんにオンラインでもいいからお会いして、一緒にあなたの作品を日本のお客さまへお届けしたかったです、と伝えたい。そうして、せめてお二人の言葉だけでも自分がお伝えしたい。幸い、ワジディさんとは私が翻訳を担当した『顕れ』のパリ公演で一度、ピィさんとはアヴィニョン演劇祭で二度ご一緒したことがありますし(さりげなく自慢)、なんとか気持ちを通じ合わせてやり遂げよう!と自らを鼓舞してお引き受けしたのでした。

やっとここからオンライン通訳の話です

たいへんです。冒頭で「テーマはオンライン通訳です!」と高らかに宣言しておきながらここまで、「いかにオンライン通訳がやりたくないか」という話だけで約4000字使っています。あと「いかに平野の通訳技術が低いか」とか「いかにアーティストに無礼な態度をとっているか」とか、完全にネガティブな情報の見本市です。どうしようもっと素敵(すてき)な市を立ててスキルの高さとかパンケーキとかをアピールしないと仕事も偉いおじさんも来ないぞ!(※無理やりな時事ネタが突っ込まれているときは焦っている証拠)

ともあれそんなわけで、まず、最初に予定されていたワジディさんとの対談詳細についてうかがってみたところ、以下のような条件であることがわかりました。

1. ワジディさん→宮城さんの仏日通訳は平野、宮城さん→ワジディさんの日仏通訳はパートナー通訳のヴァシリ・ドガニスさんで分担。

2. 事前に収録して通訳部分をカットし、字幕として入れ込んで配信する。

3. 収録日前日にZoomの接続テストを兼ねた顔合わせをする。

まず、パートナー通訳さんが存在することにすでに感動するわたくし。なにせいつもは基本的に1現場1通訳なので、えっえっこんな贅沢(ぜいたく)させてもらっちゃっていいのですか!?という気持ちに。そのうえ事前収録、編集までしてくれるのか。これなら本番中にヘマをしてもカットしてもらいさえすれば前科がつく心配もねえなへっへっへ(わるいかお)。どうやら思ったより負担が少なそうです。

ただし懸案もあります。収録してきれいに編集するためには、ワジディさんと声が重なってはいけない。つまり、ワジディさんと平野も同時にしゃべってはいけない。一見すると当たり前のようですが、そうなると途中で割って入って通訳を強行することができません。これはかなりの不安要素です。

まず、言うまでもありませんが、一度にあんまり長々話されると通訳が大変。加えて聞いている人にとっても、メインスピーカーがひとりで話し続ける時間(≒わからない言葉を聞き続ける時間)が長くなり過ぎると集中力が続かなくなってくるという問題があります。

ちょっと想像してみてほしいのですが、まったくわからない言語で話している人の様子を楽しんでいられる時間というのは存外短いもの。音の響きや表情を観察していれば飽きないという人も多少はいるでしょうが、たいていは次第に気持ちが「ずいぶんしゃべるな~」「通訳まだかな・・・」という「待ちモード」に移行します。そしてこの「待ちモード」が閾値(いきち)を超えると眠くなってしまったり、いざ通訳パートが始まってもあんまり頭に入ってこなかったりして、トークの空気がなんとなく重くなりがちに。

反対にメインスピーカーと通訳がテンポよく交代しながら話すと聞く人も関心と集中を維持しやすく、笑ったり驚いたりと活発な反応を示してくれるので、話す方のテンションも上がり、壇上と会場が一体となって心地よいグルーヴ感が生まれるのです!

まあ、今回はオンラインなので「会場の空気」をあまり意識しても仕方ないのですが、それでもやはり通訳のテンポは良いに越したことはない。こうなったら前日の顔合わせでワジディさんに、くれぐれもしゃべり過ぎないよう釘(くぎ)を刺しておかなければ・・・!

フランスに6つしかない国立劇場の芸術監督相手にカマし倒すの巻

そして迎えた顔合わせ。

スタッフを含めた自己紹介、簡単な近況報告、機材の動作確認など和やかに進み、宮城さんとワジディさんのお二人が「それじゃあ今日はこの辺で」「あとは明日、自由に話しましょう」「特に進行台本とかは要りませんよね」「そうですね、必要ないです」というまとめに入ったところで

「えーーーーーーー!オレは欲しかったなあああ台本!!」

ぶち込むぴらの。

ワジディ爆笑。

いいやつじゃん!(※偉い人です)

するとそこへ、

「僕も台本欲しかったよおおおAkiiiii!!」

とパートナー通訳のヴァシリさんが奇跡のナイスアシスト。なにおまえも超いいやつじゃん!(※初対面です)

さらに爆笑するワジディ(さん)。

ぴらの「だよね!そんな自由にいろいろ話されても訳せないもんね!」

ヴァシリ「よし!僕たち助け合おう!お互いにわからなかったら教え合おう!」

なんかしらんがZoom越しに結束を固め始める通訳チーム。いやあ友情って素晴らしいなあ(※初対面、ていうか物理的には会ってすらいません)。ちなみにここまですべてフランス語でやりとりしているので日本チームは若干ポカンとしていますが、笑いっぱなしのワジディさんを見て機は熟したと踏んだ私はさらに畳み掛けることにしました。

ぴらの「あのですね、台本が欲しいというのは冗談にしても、とにかくゆっくり、短く切って、わかりやすく話してください。それと、難解な修辞や比喩は避けてください。本当にそれだけはお願いします」

ワジディ「わかりました。気をつけますよ(笑)」

ぴらの「ただ、そうは言ってもワジディさんは詩人でいらっしゃいますから、興が乗ってくれば我知らず詩情の奔流へと巻き込まれてゆくこともあろうかと思うんです」

ワジディ「まあ、確かに」

ぴらの「アーティストですから当然ですよね。そういうときは仕方ないので、」

ワジディ「うん」

ぴらの「全力で 我 慢 し て く だ さ い」

ワジディ大爆笑。そこでトドメとばかりに、

ぴらの「いいですか、いま世界中で求められているものは『連帯』ですからね!そこんとこよろしくね!」

ワジディ大大大爆笑。

おまえさてはやっぱ超いいやつだな!!(※すごく偉い人です)

こうして、最終的には「わかったわかった(笑)。約束する!明日は『禁欲的に』振る舞うから!」との言質をとったわたくし。よっしゃタメ口*2に移行した!30分の顔合わせで限界まで仲良くなったあああああ!!というわけで、最後まで笑顔に溢れたZoomを終了したのでした。

いよいよ対談当日。

冒頭、宮城さんからの「ワジディさんがいま、どんなことを考えていらっしゃるのかうかがいたい」という問いに深く頷(うなず)き、しばし考えてからおもむろに口を開くワジディさん。

「そうですね、いわば大聖堂の薔薇(ばら)窓の如(ごと)く・・・」

いきなり修辞全開かよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

開始1分で粉砕骨折しそうになる心を必死に介抱しながらなんとか訳をひねり出すわたくし。その後はレバノン内戦から聖書まで縦横無尽に参照項を拡大しながらポエジー(と長尺)を駆使して語りまくったのでした。

・・・おいワジディ。

禁欲はどうした禁欲は。

おまえむしろ欲望の奴隷やないか!!!!!!!!!!!!!!!!!!! (※すごくすごく偉い人ですけどもういい知ったことか)

アヴィニヨン演劇祭のディレクターに「マテ」をするの巻

さて後日。ワジディさんの通訳から這々(ほうほう)の体で生還した私に、ピィさんの通訳でさらなる試練が襲いかかります。なんとピィさんのトークは生配信だというのです。

えっ!?

生ってことは間違えたらダメじゃん!(※生じゃなくてもダメです)

しかも回線が1本しかない*3ってことは、「今のわかりませんでした」「その単語知りません」というやりとりも漏れなく生で視聴者の方にお届けすることになるじゃん!「も、もっとゆっくりお願いしますぅ」とか言って狼狽(ろうばい)している声がオンラインで全世界に発信されたらそれこそ末代までの恥。あっでも独身だから現時点で末代ってそれつまりオレだな。オレがひとりで恥かくだけならまあいっかー。ってよくねえわ!!まだ末代じゃないから!末代(仮)だから!!!!!

もうひとつの懸案は「音声」です。宮城・ワジディ対談を終えてみてわかったのが、オンライン通訳には音のクオリティーが思った以上に重要であるということ。母語で話している分には気にならなくても、非母語を細部まで聞き取って通訳する際には、ちょっと音がこもったりノイズが入ったり途切れたりするだけで集中力が著しく阻害されるのです。もちろんそのことは前回の終了後にすぐSPACさんに伝え、ピィさんになるべく高感度のマイクを用意してくださるようお願いしておいたのですが、はたしてピィさんの対応やいかに・・・。今回も前日に顔合わせがあるので、そこで確認するしかありません。

で、顔合わせの日。

ピィさん「みなさん、ぼんじゅーる!」

うん!

ガッサガサだね♡

冬場のイボイノシシ*4の肉球だってもう少ししっとりしてるよ?

3分やるから今すぐ近所のFNAC*5へ走らんかいゴルァ!(※世界最大の演劇祭のトップです)

だがしかしここでピィさんを電気屋さんへ走らせると野良の私はよくても私を雇ってくれたSPACさんの方が正気を疑われてしまいます。ぐっとこらえてワジディさんのときと同様のお願いをし、ひと通り笑いをとり、翌日に備えることとしました。

迎えた緊張の対談当日。

前日と同じガッサガサの音声で宮城さんの問いに答えるピィさん。音声にこそ難がありますが、ワジディさんと違って1回1回短く切って話してくれます。

ただ・・・通訳経験がおありの方ならご存じのとおり、短か過ぎてもそれはそれで訳しづらい。母語でもそうですが、やはりある程度まとまった情報を与えられないと文脈が立ち上がらないので訳しようがなく、この辺は本当にさじ加減が難しいところです。

しかも、ピィさんは本来なら熱病に浮かされたように猛スピードでしゃべるタイプの人。それがこんなにゆっくりなのは、通訳者に対する配慮ももちろんしてくださっているとは思うのですが、やはりアヴィニョン演劇祭の中止が正式に決定された直後で気落ちされていたのも大きかったのではないでしょうか。ぽつり、ぽつりと絞り出すように語る姿は心ここに在らずというのか、悪い夢から覚めていないような、どこか痛々しく、切れるのかと思えば続き、続くのかと思えば切れるといった具合でさっぱりペースがつかめません。

そんな幽玄な語りがしばらく続いたのち、何度目かの「切れると踏んで訳し始めたらまた話し始めた」に逆にキレそうになった私は思わずZoomのカメラに向かって大きく片手を広げ、「マテ!」のポーズを示しました。うちで飼ってたペロはこうするとちゃんと待てたし。ペロとピィって両方カタカナ2文字だし(※さすがにそろそろ怒られる気がしてきた)

さらに、手を引いてから今度はカメラにガンを飛ば・・・大きく目を見開いて首を振り、「訳 が 終 わ る ま で 待 っ て く だ さ い」という意思を明確に伝えました。だ、だって生配信だから!極力声が出せないんだもん仕方ないよね!

幸いすぐに気づいて待ってくれるピィさん。やっぱり世界最大の演劇祭でトップを務めるほどの人物ともなると生配信の最中でも注意深くて対処も早くて素晴らしいですね!(※いまさらそんなこと言ってもぜったい怒られると思う)

というわけで、視聴者の目には決して映らないところでヒリヒリするやりとりを繰り広げ、濁流のごとき変な汗にまみれつつ、なんとか生まれて初めてのオンライン対談通訳を終えたのでした。

新しい経験を終えて

オファーを受けた瞬間から当日まで、憂鬱(ゆううつ)で頭を抱えたり奇声を上げてベッドの上をごろごろしたり「自分へのご褒美の前借りだから!」とかわけのわからんことを言って生クリームのたっぷり載ったものをたくさん食べたりして過ごしたオンライン対談でしたが、振り返ってみるとやはり引き受けてよかったと思います。

案の定、あれからオンラインのお仕事は増える一方ですし、なにより、混迷の社会状況をアーティスト同士の対話を通じて照射する、その示唆に溢れた濃密な時間を共にできたのは得難い経験となりました。

宮城・ワジディ対談*6、宮城・ピィ*7対談のいずれもアーカイブで視聴できますので、ご興味がおありの方はぜひご覧ください。それからご興味のおありでない方もこの対談を機に宮城さんやワジディさんやピィさんのこと、SPACさんのこと、演劇のことを少しでも知ってくださればとてもうれしいです。

そうしていつの日か、どこかの劇場でお会いできますように。

追伸:

ちなみにピィさんは対談の最後に「通訳者のお二人も本当にどうもありがとう。素晴らしいお仕事ぶりでした」と労(ねぎら)いの言葉をかけてくださいました。いいやつ!さすが世界最大の演(以下省略)

でもなあ。

褒め言葉こそせっかくなら直接聞きたいよねえ。

だからやっぱり、オンラインなんて嫌いさ!

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*1:その他、公演以外のワークショップやオーディションといった周辺案件についてはこの限りではありませんが、どんなに短くてもやはり丸1日はかかることが多いです。

*2:フランス語の二人称には敬称(vous)と親称(tu)があり、成人でお互いに初対面の場合や年齢がすごく離れている相手などにはまず敬称で話すのが普通です。また、親しい間柄でも公式の場では敬称を用いる傾向があります。一方、子どもや若者同士では最初から親称を用いる場合も多く、近年は総じて親称を使用する割合が高まっているようです。なお、舞台芸術業界、特に現場のスタッフ同士は初対面でも親称で呼び合うことが多く、仲間意識の高さを感じます。

*3:最近ではオンライン通訳も環境が整いつつあるので、メインスピーカーと通訳者が2人だけで(第三者に聞かれることなく)やりとりできるようサブ回線を用意してくれる現場もあります。

*4:https://ja.wikipedia.org/wiki/イボイノシシ

*5:フランス最大のなんでも屋さんの一つ。主力商品は書籍、CD、電化製品など。演劇やコンサートなどのチケットも買えちゃいます。https://ja.wikipedia.org/wiki/フナック

*6:https://www.youtube.com/watch?v=CQGVWkDl1jU

*7:https://www.youtube.com/watch?v=f-lSdM8vCB4

平野暁人

平野暁人(ひらの あきひと)翻訳家(日仏伊)。戯曲から精神分析、ノンフィクションまで幅広く手掛けるほか、舞台芸術専門の通訳者としても国内外の劇場に拠点を持ち活躍。主な訳書に『隣人ヒトラー』(岩波書店)、『「ひとりではいられない」症候群』(講談社)など。
Twitter:@aki_traducteur