英語のApache tearsって何?「ミリ妻」の涙の話【牧村朝子】

Englishes!多様な英語

英語は多様!米軍基地の街に育ち、世界12カ国100都市以上を旅した文筆家の牧村朝子さんが、「アメリカ英語こそ正しい『ネイティブ』な英語」という思い込みを、世界中のいろいろな人たちのEnglishesに触れることでほぐしていく過程を描く連載。各地独特な英語表現も紹介。今回は「ネイティブアメリカンの諸語と英語」

ゲームにも登場する「アパッチ」

Apacheという単語を見て、あなたは何を思い浮かべるだろうか?

いろいろな意味を背負った言葉だ。

アパッチ族。アパッチプロレス。WebサーバーのApache(アパッチ)。日本の自衛隊も使うアメリカ製戦闘機、AH-64――通称、アパッチ。

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ゲームの好きな人は、人気ソーシャルゲーム「Fate/Grand Order(FGO)」の戦士、ジェロニモを思い出すかもしれない。侵略者たちに妻子を殺され、怒りを熱に武器を手にして徹底抗戦したアパッチの復讐者、ジェロニモ。「少数者を踏みつけにして栄える世界を、私は認めることはできんのでな」。短刀を手にターコイズ色の目で行く先を見据えるジェロニモは、ゲーム中のセリフで、かつての侵略者=米軍の戦闘機の名について、短く鋭くこれだけ言った。「アパッチと云(い)うそうだが」。

Apacheという単語が、日本の学校英語で教えられることはとても少ないようだ。しかし、日本の米軍基地の中で暮らし、日本の学校でアメリカ英語を教えている女性が、アパッチの人だったということなら、あった。レビィさんといった。

「ネイティブな英語」と称してアメリカ英語が教えられている、日本社会。ネイティブアメリカンであるレビィさんは、アパッチとしての自分のことを語るとき、アパッチの言葉ではなく、アメリカ英語だった。

そんなことを思い出しながら、「ネイティブ」っていったい、なんなんだ、ってことを、今回は考えたいと思う。「Englishes!多様な英語」と題した、この連載で。

「ミリ妻」という生き方

「ミリ妻(みりつま)」という言葉がある。

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英語のmilitary wifeをキャッチーな日本語にしたものだ。多くの場合、米軍基地関係者の男性と結婚した日本人女性のことを指す。悪口みたいに使う人もいるけど、誇りを持って自称する人もいる。自ら「ミリ妻日記」みたいなブログをやるミリ妻もいる。悲しいケースでは、匿名掲示板のミリ妻スレッドで、米軍における夫の階級、ひどいときには白人か黒人かということで競っていたりする。

似たようなことはアメリカ人のmilitary wivesの間にもあるらしい。悪口だから人に向けない方がいいけど、夫の収入、夫の階級、夫の出自、夫の名誉に寄り掛かって生きる女性たちのことを「boot wife」とか「dependa」と言ったりする。

女性をdependさせてしまう構造がある。

軍人男性と結婚すると、数年おきに世界中あちこちの米軍基地へ引っ越す生活になったり、deployment――ミリ妻用語で「デプロイ」と言って、夫が数カ月から数年単位で戦地に行ってしまうため、一人きりで母として嫁として家を守らなければならないという状況になったりするのだ。

引っ越しが続くので安定したキャリアを築くのが難しいし、海外赴任の場合は現地の言葉ができなくてなじめないし、現地の言葉を学んだって夫の都合でまた引っ越すことになるし、デプロイ中は「夫が無事に帰ってくるのか」という不安と孤独と責任感を抱えて待つことになる。家の中や基地の中に閉じこもる人も少なくない。夫の階級を示すバッジを、お守りのように身に着けて。

在日米軍基地赴任の夫と来日したレビィさん

レビィさんは、閉じこもらない人だった。

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筆者撮影

軍人である夫の在日米軍基地赴任を機に、レビィさんも日本にやって来た。ひと言も日本語を話せない状態でやって来て、日本の学校で英語を教える仕事に就き、日本の人たちと積極的に交流を持った。

レビィさんの特徴は、2、3個の質問を一気にしてくることだ。

「なぜ日本語では『お医者サン』に『お』を付けるのに、『富士サン』には『お』を付けないの?富士サンより、お医者サンの方が偉いと思われているの?日本の人がMount Fujiにサンを付けて呼ぶのは、山に人格があると考えているからなの?だとしたら、どうして神奈川の大山にはサンを付けてあげないの?大山は、人間じゃないの?」

今のは、質問5個だった。

普通、大人はこういう質問を大人にする。けれどレビィさんは、子どもだった私にもいっぱいいっぱい質問をした。

私の家にやって来てアメリカ英語で質問を連射してくるレビィさんのこと、最初は「偉そうに尋問する、基地のアメリカ人」だと思った。怖かった。けれど、私の英語を、ついつい日本語が混じってしまう英語を、決してさえぎらず、正そうともせず、レビィさんは静かに、雨水が染み渡るのを待つ大地みたいに静かに、聞いてくれたのだった。

「“San” ... is ... “Mister” in Japanese. But “Fuji-san”の“san” ... is “mountain.”」

私がうまく話せなくて黙ると、レビィさんも黙って待っていてくれた。次第に私はレビィさんのことを、数少ない「子どもの話をちゃんと聞いてくれる大人」として認識するようになっていった。「基地のアメリカ人」、じゃなくて。

宝物がApache tearsになった日

レビィさんに、宝箱を見せてあげることにした。

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筆者撮影

綿棒が入っていたプラスチックの筒に、キラキラの折り紙を貼った手作りの宝箱。私は魔法に憧れていて、お年玉で数百円の鉱石を買い集めていた。

薔薇(ばら)の石英、緑の翡翠(ひすい)。

月長石に、ほたる石。

色とりどりの石ころが詰まった子どもの宝箱から、レビィさんがつまみ上げたのは、真っ黒い石だった。そしてレビィさんは、質問する。

「Oh! You know the name of this? How did you get it? And why?」

「Um ...」

それは黒曜石だった。でも、英語でなんて言うんだろう?

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「Kokuyoh stone. I ... I, b-bought it. I think it is, um, beautiful.」

「Ko-ku-yoh. It’s the Japanese name for it, right? What does it mean?」

「Um ... Ko-ku-yoh ... is ... um ... Ko-ku-yoh.」

「OK, so it’s a proper noun, right? Ko-ku-yoh is Ko-ku-yoh.」

レビィさんは、私の言ったことを繰り返してくれた。安心した。直後、また質問。

「You know the name of it in English?」

「Um ... no.」

なんだ、英語の授業かよ。せっかく宝物を見せてあげたのに。正直に言うと、「これだからアメリカ人は」って思った。子ども時代の私は、「アメリカが戦争で日本を負かしてアメリカ軍基地を作ってアメリカ英語を押し付けてきやがる!」と思っていたのだ。

レビィさんは黒曜石を私の手に返すと、こう言った。

「AXXXXX tears.」

聞き取れなかった。私は反抗的な目をして、口を引き結ぶ。するとレビィさんはキョロキョロして、私の家の電話台のメモを指さして、「借りていい?」と質問し、私の答えを待たずにメモを取ってきて、こう書いた。

Apache tears

アパッチの涙。

「Apache tearsは、伝説の石」

レビィさんは英語で語り始める。

「アメリカ原住民であるアパッチの戦士たちが、侵略者に襲われ、崖に追い詰められ、殺されるよりはと自ら飛び降りて死んだ記憶の石。残された妻たちが流した無数の涙の粒が大地に散らばって、染み込み、結晶して、Apache tearsとして今に残っているんだよ」

ミリ妻の涙。

「死んだ戦士たちもまた、大地に還(かえ)っていった。アパッチも、侵略者も、死ねばみな同じ大地に還る。Apache tearsは、悲しみに寄り添い、憎しみの炎を鎮め、許しのぬくもりに変えていく石」

レビィさんはメモに「Forgiveness」と書き、下に線を引いた。習ったことのある単語だった。

「私も持ってるの」

レビィさんは自分の胸元に手を入れた。そして、服の下に潜っていたペンダントを見せてくれた。黒い、ピカピカの、涙型に磨かれた石。

「私、アパッチの子孫なんだ」

黒曜石が、その日から、“Apache tears”――アパッチの涙になった。怖いアメリカ人にしか見えなかったレビィさんは、アパッチの涙をたたえた人になった。

私は空を飛べなかった。手から火も光も出なかった。無邪気に魔法を信じ続けることができる年頃はもう終わろうとしていた。だけれども「アパッチの涙」を握れば・・・この黒い石を、この地球という星のかけらを握れば、少しだけ、信じられる気がした。

私は言葉の魔法を見たんだ、って。

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叫びと願いと雨

「基地は出ていけ!」

「静かな空を返せ!」

「赤ちゃんが眠れずに泣いています」

レビィさんと歩く。駅前で米軍基地に対する日本語での抗議行動が行われている。黒い機体の戦闘機、アパッチ・ロングボウは2018年に佐賀県で墜落し、乗組員2人が死亡、民家が全焼、現場にいた小学生も負傷した。

「空を返せ!」

「先祖代々の土地を返せ!」

人々が日本語で叫んでいる。日本語はレビィさんには通じていない。私はレビィさんが質問をしてこないようにと願った。

「What are they talking about?」

願いは通じなかった。

「Like, “Make love, not war”? Is it a party?」

私は魔法ができないままで、人はいまだに争っていて、答えは見つけられないままで、アパッチのレビィさんとは英語でしか話せないままで。

「Fu-ji-san.」

「Ko-ku-yoh.」

レビィさんは私からいくつかの日本語単語を拾って、アメリカに帰っていった。どちらも大地に関わる言葉だった。

私は私の宝箱を私の生まれた家の庭に埋めてしまい、大人になってから掘り出すつもりだったけど、私が大人になる前に祖父も祖母も死んでしまい、私の生まれた家があった場所は知らない会社に買われてコンクリートで覆われてコンテナ倉庫になってしまった。

雨が降る。

雨が大地に染み込んでいく。

子どもの頃のApache tearsが、コンクリの下に埋もれて眠る。

もう二度と触れられないもの。きっともう二度と会えない人。目を閉じる。黒くなる。雨を聞く。アパッチの大地にもこんな音で雨が降るのだろうか。

Apache

この言葉はもともと、侵略を受けたネイティブアメリカンの人々が「敵だ!」という意味で叫んだ現地語の「Apache!」に由来するという説がある。アパッチ・・・「敵」と名付けられる前、彼らは彼らの言語で自分たちをこう呼んでいたという。

Dené・・・「人間」と。

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今回のEnglishes:アメリカ英語の中のアメリカ先住民諸語

現代アメリカ英語には、アメリカ先住民諸語に由来して命名されたものが多数ある。

多いのは、地名。例として「オクラホマ」「カンザス」「ミシガン」などが、アメリカ先住民の言語に由来している。

アメリカ大使館公式マガジンによれば、「アボカド」「コヨーテ」「イグアナ」などの単語もアメリカ先住民諸語由来である。

もう一つ多いのが、軍事用語だ。今回の「アパッチ」ほか、多くの米軍機にアメリカ先住民の名が付けられている。2011年には米軍がアルカイダ指導者ウサマ・ビン・ラディンを指すコードネームとして「ジェロニモ」を使った。この件については、ジェロニモのひ孫にあたるHarlyn Geronimo氏を含む、複数の人々が謝罪と説明を求めた

先住民の名が戦闘機の名として使われていることについて、言語学者のノーム・チョムスキーは次のように疑問を投げ掛けた。「We might react differently if the Luftwaffe were to call its fighter planes “Jew” and “Gypsy.”(ドイツ空軍が戦闘機をユダヤ人だとかジプシーだとか名付けたら、われわれはまた違った反応をするのではないだろうか)」

一方、アメリカ合衆国のアメリカ公民としてアメリカの軍事に関わることを誇る先住民族ルーツの人々もいる。第2次世界大戦中、先住民族語であるナヴァホ語を使い暗号部隊として活動したNavajo Code Talkersは、2017年、ホワイトハウスで次のように語っている。「What we did truly represents who we are as Americans.(私たちがしたことは、アメリカ人としての私たちを真に表している)」

現在、先住民準自治領ナヴァホ・ネイションの人々も新型コロナウイルスに立ち向かっている。新型コロナウイルスについての情報提供は英語とナヴァホ語の2言語で行われナヴァホ語では「Dikos Ntsaaígíí-19(大きな咳(せき)-19)」と呼ばれている

(※個人特定を避けるため、文中の人物名や家族構成などは話の流れを変えない範囲で仮のものにしています。また、写真は文中に登場する場所とは別の場所で撮影されたものを使用しています)

牧村朝子

文:牧村朝子(まきむら あさこ)
文筆家。著書『百合のリアル』(星海社新書小学館より増補版、時報出版より台湾版刊行)、出演『ハートネットTV』(NHK-Eテレ)ほか。2012年渡仏、フランスやアメリカで取材を重ねる。2017年独立、現在は日本を拠点とし、執筆、メディア出演、講演を続けている。夢は「幸せそうな女の子カップルに『レズビアンって何?』って言われること」。
Twitter:@makimuuuuuu(まきむぅ)

トップ写真:【撮影】田中舞/【ヘアメイク】堀江知代/【スタイリング、着物】渡部あや

編集:ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部